婚活サイトでの出会いにも憧れるけれど・・・

私は夫と出会うまでに3人の方と付き合いました。しかし、みんな最悪な男たちで、2人目と3人目の彼氏に関してはお金をせびってくるタイプの男でした。3人目の彼氏とまだ付き合っているとき、私は早々に別れを切り出したかったのですが、もう一生会えないと思うとなかなか言い出せませんでした。浮気もしていたし、ギャンブルばかりするし、それなのにひとり暮らししている家の合鍵まで貰っていたし、私が一番だと思っていました。

そんなある日、私の幼馴染の男の子が久しぶりに地元の数人で飲みに行こうと言ってきました。当日、居酒屋に行くと見たことがない男の人が一人。、その人は幼馴染の子の知り合いでした。初対面なのにすごく話しやすくてみんなで盛り上がりました。

その人と私は帰る方向が同じだったのもあり、一緒に帰ることに。今の彼氏との悩みをすべて聞いてくれました。的確なアドバイスをしてくれ、なぜかそのアドバイスの中に男ら良い意見がたくさんあって、こんな人と付き合ったら私幸せになれるのかななんて思っていました。

その日から彼氏と何かあるたびに相談したりしてました。いつでもどんな時でもすぐに返事を返してくれます。彼氏は1日たっても返事がないことがほとんど。次第に私は彼氏のことなんてどうでもよくなっていました。彼氏に別れを言いに行くときも何かあっては困ると、家の下までついてきてくれたし、本当に優しいひとでした。
彼氏がいい加減だったとはいえ、やっぱり好きだった人との別れは寂しく、ずっと泣いていた私を毎日面白い内容のメールを送ってきてくれて笑わせてくれました。

私がちょっと落ち着いたころ、一緒に遊園地に行こうと誘ってくれて、行くことに。今まで男の人に食事などでお金を出してもらったことがないのですが、彼はチケット代から食事代からすべてそれが当たり前かのように出してくれたのです。ふるまいもすべて私優先で、今までの男性との違いを見せつけられたようでした。その日の帰り道に急に告白され付き合うことに。

正直まだ元彼のことを引きずっていた気持ちもありましたが、この人なら忘れさせてくれるという自信があり、付き合いました。今までの彼氏とは全く違う態度、優しさにどんどん惹かれていき、1年が過ぎました。その時三重県に旅行に行ったときに夫婦岩を訪れました。そこで結婚してくださいとプロポーズを受けました。単刀直入にいきなり言われて驚きましたが、ものすごく嬉しかったです。
本当に結婚してよかったと思えるくらい、今でも優しくて男らしいです。私の決断は間違ってませんでした。

あの時、元カレをひきずっていたらきっと周りの友達と一緒に婚活に励んでいたことでしょう。(先日、独身の友達が盛り上がっていたサイトがこちらです⇒ズバリ!!<<30代>>に絶対おすすめの婚活サイトはココだ!)婚活サイトって色々な条件をあらかじめ決めれたりするそうですね。婚活サイトなどを利用していたら、もっといい相手に出会えたのかもあなぁとも思いますが、今の夫で十分満足しています★

患者はもう病院で死ねない、それでも病院薬剤師を目指しますか?

近年、少子高齢化が進み、十分な医療が提供できなくなっている。医療費も足りなくなると示唆されている。病院は国から保険費を貰っており、それによって患者は少ない費用で治療や診察を行うことが出来ている。

しかし、その保険費は、入院が長引くにつれて減額されている。長く入院すればするほど、患者が支払う金額は同じで、保険費が減るので、結果として病院側が損をすることになる。だから病院側としては、患者に早く退院してほしい。

そのため、歩いて病院に来た患者が、手術後に歩けなくなって退院させられるということが起きている。本当は歩けるようにリハビリで回復させてから、退院させなければいけないが、利益の面を考えると、そうせざるを得ないのだ。また、病床数が足りず、新しい重症患者が次々に来る現場において、軽傷の患者は病院から追い出さなければいけない状態である。

軽傷と言っても、歩けなかったり、慢性的な寝たきり状態であったりと、通常なら軽傷とは言い難い患者が病院を追われている。病院から見放された患者はどこへ行けば良いのだろうか?病院を追い出された患者が行く場所としては自宅しかない。

しかし、介護が必要で、大変になるのは同居の家族である。介護は決して楽ではないし、自分の時間がかなり奪われることになる。しかも、突然の自宅療養の指示で、病院に行って良くなると思ったら悪くなって帰ってきたというショックもある。自宅での介護を始めたら、まずは介護サービスを利用する必要がある。

後期高齢者なら介護保険を利用して介護サービスを受けることが出来る。家族の負担は大きいが、在宅での介護の方が安上がりで済むのは事実である。

近い将来、病院で死ねる人は極わずかになることが予測される。だから、病院以外のどこで死ぬかを考えておかなければならない。自宅で死ぬにしても、どこでどのような最期を迎えるのか考えておくと良いだろう。病院を頼りにしないで生活できる方法を考えておかなければ、今後入院をする時に困ることになる。それでも薬剤師の皆さんは病院薬剤師になりたいですか?もしそうなら、このサイトを参考にして下さい。

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不本意な死への入り口

宣告親類ががんの告知を受け、余命1年と宣告されました。

家族はその現実を受け入れたのですが、当人には知らせませんでした。別の病で既に長期間臥しており、寿命の刻限を思い知らせてさらに病状の悪化に拍車をかけたくなかったからです。

しかし、家族のこの想いは結局は水泡に帰しました。医師が口を滑らせたのです。

結局親類は1年を待たず、告知の日から2月で不帰の客となってしまいました。残りの日々を安寧に暮らしてもらいたいという当然すぎる思い遣りは無意味となってしまったのです。

映画やドラマでは、患者が大袈裟に落胆するか、あるいはその反対に過酷過ぎる現実に雄々しく立ち向かう、悲壮な決意の表情を浮かべる事柄でしょうが、現実には普段と同じ表情だったと聞かされました。

その場に私が居なかったのはある意味幸いだったかもしれません。私が同席していれば医師を詰問していたに違いありませんから。

親類はある程度覚悟はしていた(がんであるかどうかは別にして)ようで、死への恐怖を周囲に漏らすようなことはありませんでした。しかし、支えようとしていた家族、及び私達縁者にとっては残された時間が、善意の欠片もない失言によって大幅に削られたことに激しい憤りを感じざるを得ませんでした。再び、桜を一緒に見ようと約束したことが無になってしまったのです。

心安らかに残された日々を、時間を、愛する者達と一緒に過ごしたい。誰もが願う事柄なのです。せめて最期は人間らしく迎えさせてあげたかった。親類は見知った人間ではない、病院の関係者達の救命措置の途中で力尽きました。本人だけでなく、家族や友人、知人にとっても無念なことだったのです。

私が駆け付けた時は安らかな顔を見せてくれ、最期の時に間に合わなかったことが悔やまれましたが、穏やかな表情は苦しまずに逝けたと思われて心の救いにはなりました。病院側にとってはありふれた事象の一つに過ぎないのだろうけど、遺された者達にとっては、悔いの残る結果は心の傷となって後々まで後を引くこととなるのです。

取り返しのつかないことではありますが、このような悲劇は繰り返してもらいたくありません。防げた事象なのです。医療を行う側の人々に改めてこのことを肝に銘じてほしいです。